会計士Renの記録
盟主である傭兵隊長Lavaの誕生日を
盛大に祝うRen達だったが
そこに思わぬ来客が―――
「【白竜戦争】生誕を祝う声は斬撃と共に【24日目】」
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前夜。
私はCanariaに連絡を取った。
やりたいことに協力してもらう相手として、これ以上相応しい人間はいないと判断したのだ。
「かなりんさん、明日のことなんですが……」
明日、という一言でCanariaは私の発言を察してくれたらしい。
私よりもずっと盟主との付き合いの長い彼女は、そういえばと目を輝かせた。
そして私の依頼に、快く応じてくれた。
* * *
盟主が砦に姿を現す前に、私が始めた行為に、既に集まっていた面々は目を丸くした。
そして、口を揃えて「どうしたんですか?」と訊ねてくる。
そんな彼らに私は笑って答えた。
今日がどんな日であるのかを。
「よ……なんだこれは!」
砦に現れたLavaはいつものように「よう」と挨拶をしようとしていたはずざった。
だが、目の前の光景に挨拶も途切れた。
「誕生日おめでとう」
「誕生日おめでとうございますー」
傭兵たちが口々に祝いの言葉を述べた。
皆が普段使う大テーブルの上には、たくさんのホールケーキ。
彼の年と同じだけのケーキを私はテーブルの上に並べていたのだ。
「ありがとよ」
照れからか、ぶっきらぼうにではあったが、Lavaは皆に礼をいい、席につく。
そしてケーキを食べ始める。
それなりの大きさのケーキだ。
2,3個食べたところでLavaは根を上げた。
「もう無理だ」
甘いものも嫌いではない男ではあったが、胃の消化には限界がある。
世の甘いもの好きの女性ですら、そのくらいが限界だろう。
しかし、私もそれは知っていた。
そして準備も万端だった。
「はい」
出したのはピンク色の瓶に入った薬。
胃の消化を促進する不思議な薬だ。
薬の瓶を見たとたん、厭な表情を浮かべたLavaだったが、文句を言うことなく、無言で瓶を受け取ると、また黙々とケーキを食べ始める。
そして皆が見守る中、彼の年と同じ数のケーキは完食された。
私は用意してあった袋をガサゴソと漁った。
そしてまた同じ数のケーキを並べ始めた。
「Ren。
……なんだそれは」
「おかわりです」
その場にいた面々が、噴出す声が聞こえたが、私はそれらを黙殺してケーキを並べた。
Lavaの表情が非常に微妙なものだったことは敢えて言う必要もないだろう。
おかわり分のケーキを並べ終わった頃、Canariaが砦に現れた。
「わーー!
隊長、お誕生日おめでとうですー」
彼女の明るい声はいつも傭兵たちを明るくする。
微妙な表情を浮かべていたLavaもその声に、笑いながら片手をあげて「ありがとよ」と返した。
誰が食べるわけでもなかったが、テーブルの上のケーキはそのままに、私たちは戦いの準備を始めた。
* * *
狙いをつけたのは商人だった。
実はこの少し前に、見知ったDholaviraが砦付近に姿を見せたのだ。
とり逃したものの、斥候かと思われた。
攻められるのを待つよりは、先に攻めた方がいい。
傭兵が得意とする電撃戦をしかけることにした。
一気にしかけ、一気に帰るのだ。
私はいつものように「いってらっしゃい」と皆を見送った。
傭兵たちが商人島へ襲撃に行ってすぐだった。
再びDholaviraが姿を現した。
このとき、傭兵砦に残っていたのは私とmasamune。
共に生産が主な役目であり、歴戦のDholaviraを相手に出来る能力の持ち合わせなどなかった。
masamuneは砦内のどこかで身を潜め、私は急ぎ鍵が唯一掛かる執務室へと逃げ込んだ。
『Dholaviraが傭兵砦にきました!』
ギルドの人間だけに聞こえる通信方法で、私は戦場の皆へと連絡した。
帰るべき砦を陥されるわけにはいかない。
傭兵たちは連絡後、直ぐに騎馬を返し戻ってきた。
だが、その姿を見てなのか、Dholaviraはまたもや魔法のゲートで姿を消してしまった。
被害はゼロ。
と、言いたいところだが、何故かテーブルの上のケーキの半分以上が消えていた。
* * *
「さて。
もう一度、攻めるか」
体勢を立て直し、傭兵たちは再度戦の準備をしていた。
だが、そのとき、海の上に船影が現れた。
船に乗るその姿は無限の赤きカリスマ、匪賊同盟副盟主AriElle。
「匪賊が攻めてきた!」
戦支度をしていた傭兵たちの動きは一気に緊迫したものになる。
だが、私はAriElleの船の上に、知った名前を見つけた。
「にぱちゃん……?」
様々な破片世界で出会った猫のNiefa。
彼女が自由貿易同盟に所属したと、風の噂に聞いていた。
戦場でいつか見えるだろうとは思っていたが、何故匪賊であるAriElleの船に。
まさか、匪賊に所属したというのか。
そう思った時である。
もう一隻の船が現れた。
「匪賊が商人と手を組んだのか……!?」
現れた船に乗っていたのは自由貿易同盟の面々、そして匪賊のeclipse。
目の前の状況は明らかだった。
二つの同盟が組んで傭兵を叩き潰しに来たというのか。
容易に想像できる分の悪さに、傭兵たちは顔色を失った。
「ケーキ……?」
AriElleたちが船の上に並べ始めたのはケーキだった。
まさかである。
敵対同盟の盟主の誕生日の為に、二同盟が手を組んでケーキを用意することがあるとは思いもしなかった。
「明らかに罠だろう、これ……」
幾分げっそりした面持ちでLavaが呟く。
誕生日の主役という地位ではあるはずだが、見るからに罠である。
「誕生日おめでとう!!」
匪賊、商人たちから口々に掛けられる声。
「数はこれでよかったかねえ」
そして年の数だけ用意したというAriElleのその言葉。
ケーキを乗せた船は、飛び乗れるほど近く、岸に寄せられていた。
「毒なんか入っちゃいないよ」
そう笑う笑顔を信じる人間など一人もいなかった。
私は別の船に乗る男の姿を見つけ、言い訳になるかどうかはわからないが言ってみた。
「傭兵砦から先ほどケーキを盗んだDholaviraさんがそちらにいらっしゃるのに信じろと?」
途端、AriElleは困った顔をし、名指しされた男を振り返る。
「アンタ、そんなことしたのかい?」
口元だけで笑った男とAriElleの様子から、本当にその辺りは知らない行動だったようだ。
組んでいるとは言っても、それほど強固ではなく、今この時だけということか。
そう判断し、どうするのかLavaの顔を横目で見た。
大勢の人間から期待の眼差しを向けられ、興醒めさせるようなことは出来ないと考えたのだろう。
傭兵同盟の人間だけに聞こえる声で、Lavaは言った。
『みんな、すまんw』
言葉と同時に、LavaはAriElleの船に飛び乗った。
そして用意されたケーキを一口。
ケーキを嚥下した途端に、Lavaの表情は青褪めた。
毒だ。
予想されていたことだ。
私は解毒魔法を唱えた。
だが、Lavaがケーキを食べたことが合図だったのだろう。
他の船から一斉にLavaめがけて攻撃が降り注ぎ、一瞬のうちに死体が現れた。
『殲滅しろ』
幽体となった盟主から下された命に、傭兵たちは一斉に攻撃を始めた。
海の上にフィールドを張り、水の精に攻撃を命じ、爆弾を投げた。
先ほどまでのケーキが並んだほのぼのとした光景は、一瞬で戦場と化した。
多くの死体が築き上げられた。
だが、辛くも生き残り、撤退していく敵は楽しそうに叫んでいった。
「誕生日おめでとう!」
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